教員になって最初の年、算数の授業がいちばん手強い相手でした。教科書があって、指導書もあって、その通りに説明しているのに、なぜか子どもの反応が薄い。「分かった人?」と聞くと数人が手を挙げるけれど、いざ問題を解かせるとみんな固まってしまう。説明の内容は間違っていないはずなのに、どうして響かないのか。長いあいだ、その理由が分かりませんでした。
非教育学部出身の私にとって、算数の指導法は完全に手探りでした。でも、事務職時代にさんざんやってきた「会議やプレゼンの設計」の考え方を持ち込んでみたら、少しずつ授業が変わっていきました。この記事では、私が試行錯誤の末にたどり着いた、算数の授業を組み立てる3つの型をお伝えします。特別な才能もセンスもいりません。必要なのは、ちょっとした設計の視点だけです。
算数の授業がうまくいかない理由|「つまずき」を設計に入れていない
私が最初にやっていたのは、教科書の流れをなぞって、順番に説明することでした。今にして思えば、これは「発表資料をただ読み上げる」のと同じです。事務職時代、資料を頭から読み上げるだけのプレゼンほど、聞き手に届かないものはありませんでした。大事なのは、聞き手が「どこで疑問を持つか」「どこで話についていけなくなるか」を先読みして、そこに手当てをしながら話を組み立てることです。
算数の授業も、まったく同じでした。子どもがどこでつまずくかを設計段階で織り込まずに、教科書通りにきれいに説明してしまう。だから、つまずいた子が置いていかれるのです。うまい授業とは、なめらかに説明する授業ではなく、「子どもが引っかかるポイント」を先に見越して構成された授業なのだと気づきました。
民間で企画を通すときも、「この数字を見せたら、上司はきっとここを突いてくる」と先読みして資料を準備しました。反論やつまずきを予測して、あらかじめ手を打っておく。これができる人の提案は通りやすい。授業も、この「相手の反応を先読みする力」がそのまま生きる場面だったのです。教育の専門知識がなくても、別の仕事で鍛えた力を持ち込める。そう気づいてから、算数への苦手意識が少しずつ薄れていきました。

「うまく説明しよう」から「どこで引っかかるかを先に考えよう」へ。発想を変えただけで、授業の準備の仕方がまるで変わりました。
ここからは、この「つまずきを設計に入れる」ための具体的な3つの型——ゆさぶり発問、通底する図、つまずき分岐——を順番に見ていきます。
「あえて違和感を仕掛ける」ゆさぶり発問
1つ目の型は、子どもの中に意図的に「あれ?」を起こす発問です。教育の世界では認知的葛藤と呼ばれますが、要は「自分の予想と違う結果に出会ったときの、もやもやした感覚」のことです。この違和感こそが、いちばん深い理解を生みます。
これは大人でも同じです。何の引っかかりもなくスラスラ説明されたことは、右から左へ抜けていきます。逆に、「え、そうなの?」と一度立ち止まったことは、なぜか記憶に残る。人の脳は、予想が裏切られた瞬間に「なぜだろう」と働き出すようにできています。だから、良い授業はこの「予想の裏切り」を意図的に組み込みます。スムーズに流れる授業より、ところどころで子どもが「あれ?」と立ち止まる授業のほうが、実は深く学べているのです。
具体例:割合の「答えが大きくなる」つまずき
分かりやすい例が、5年生の「割合」の単元です。「全体の40%は何人?」のように、比べる量を求めるときは「かけ算」で計算します。子どもは「もとの数に割合をかける」と素直に納得できます。
ところが、「ある人数の60%が18人のとき、全体は何人?」のように、もとにする量(基準量)を求める問題になると、今度は「わり算」を使います。ここで、多くの子が強烈な違和感にぶつかります。わり算をしたのに、答えの数が元より大きくなるからです。「わり算は答えが小さくなるはずなのに、なんで増えるの?」——この引っかかりは、算数が得意な子でもつまずく、有名な難所です。
以前の私なら、ここを「こういうときはわり算です」とさらっと説明して通り過ぎていました。でも、それでは子どもの「あれ?」は置き去りになります。そこで私は、この引っかかりをあえて先に予告して、子どもに予想させるようにしました。「この問題、かけ算だと思う?わり算だと思う?」と問いかけ、子どもたちに考えさせる。予想が割れたところで実際に計算し、「わり算なのに増えた!」という驚きをクラス全体で共有します。この驚きがあるからこそ、「なぜそうなるのか」を子どもが自分から知りたくなるのです。
ゆさぶりを設計するコツ
ゆさぶり発問のコツは、とにかく答えを先に教えないことです。子どもの素朴な予想を引き出してから、それを揺さぶる。ときには、わざと間違った式を黒板に書いて「この子はこう解いたんだけど、どこが違うかな?」と誤答を検討させるのも効果的です。人は、自分が「なぜ?」と思ったことしか、本当には理解しません。この考え方は発問の技術の記事とも共通しています。
思考の橋渡し役|「通底する図」を単元の軸にする
2つ目の型は、言葉と式のあいだに「図」を挟むことです。算数が苦手な子ほど、いきなり式を見せられても意味が追えません。式は、思考の結果を圧縮した記号なので、その手前にある「考え方」が見えないのです。
そこで私は、単元ごとに「この単元ではこの図を使い続ける」という通底ツールを決めるようにしました。割合の単元なら数直線、面積の単元なら図形を分割する図、というように、単元を通してずっと同じ図を使い続けます。すると、子どもの中に「この種類の問題は、この図で考える」という思考のフォーマットができあがります。
たとえば割合なら、上に「量」、下に「割合(0から1)」を並べた数直線を、毎時間かならず登場させます。「もとにする量はどこ?」「比べる量はどこ?」と、いつも同じ図の上で確認する。図が共通言語になると、つまずいた子も「あの図に戻れば考えられる」という安心感を持てます。バラバラの説明を毎回聞くより、ひとつの図を単元中くり返し使うほうが、はるかに定着します。板書の中でこの図をどう配置するかは、板書の基本の記事も参考にしてみてください。
この「通底する図」のいいところは、先ほどのゆさぶり発問とも相性が良いことです。「わり算なのに答えが大きくなる」という違和感にぶつかったとき、言葉だけで説明しようとすると、かえって子どもは混乱します。でも数直線の上で「もとにする量を求めるということは、この矢印を逆にたどることだよね」と図で示すと、腑に落ちる子が一気に増えます。違和感を起こすのも、その違和感を解消するのも、同じ図の上でできる。だから子どもは、自分がどこで引っかかって、どうやって乗り越えたのかを、図とセットで記憶に残せるのです。抽象的な式だけでは決して得られない、確かな理解がここで生まれます。
つまずきを前提にした「分岐」の設計
3つ目の型は、「全員が同じペースで進む」という前提を、はじめから捨てることです。現実の教室では、すいすい進む子も、じっくり考える子も、つまずいて止まる子も、必ず同時に存在します。それなのに一本道の授業計画を立てるから、無理が生じるのです。
3つのパターンを想定しておく
私は授業を準備するとき、大きく3つのパターンを頭に入れておきます。順調に理解が進む子には発展問題を、標準的な子には基本の定着を、つまずいている子には支援を。特に大切にしているのが、支援が必要な子への判断です。ここで無理に公式を暗記させようとすると、算数嫌いを生みます。それより、「割合ってどういう意味だったか」という意味の理解を優先する。公式は教科書を見ながらでもいい、と割り切ります。「使いこなす」の前に「意味が分かる」を大事にするのです。
たとえば割合が苦手な子には、3つの公式を全部覚えさせようとしません。それより「割合とは、もとにする量を1としたとき、比べる量がどれくらいにあたるか」という意味の部分だけを、確実に押さえてもらいます。この土台さえあれば、公式は後からでも身につきます。逆に、意味が分からないまま公式だけ丸暗記しても、少し問題の形が変わっただけで手が出なくなる。急がば回れで、意味の理解にこそ時間をかける。これが、算数を嫌いにさせないための大事な判断だと感じています。
分岐は「事前に決め打ちしない」
ここで新人の方に伝えたいのは、この分岐を事前に完璧に決めておく必要はない、ということです。分岐は、授業中に子どもの様子を見てから選ぶものです。準備の段階では、「こういうときはこう対応する」という選択肢を、いくつか手元に持っておくだけで十分です。
「全部のパターンを完璧に準備しなきゃ」と気負うと、授業準備そのものが苦しくなります。そうではなく、「うまくいかなかったときの逃げ道を2、3個持っておく」くらいの気楽さでいい。この構えがあるだけで、授業中に想定外のことが起きても慌てずにすみます。子どものつまずきを、失敗ではなく「想定内の分岐」として受け止められるようになります。
45分の型をテンプレート化する
ここまでの3つの型を、45分の授業の流れに落とし込むと、次のようなテンプレートになります。私は新しい単元に入るとき、いつもこの骨組みから準備を始めます。
- ①既習の確認とめあて提示:前の時間までに学んだことを思い出させ、今日のゴールを示す
- ②問題提示:セール・税・スポーツなど、子どもが「使える」と感じる日常の場面で導入する
- ③ゆさぶり発問:予想させてから検証する。「あれ?」を意図的に起こす
- ④まとめ:発見したことを、子ども自身の言葉で言語化させる
- ⑤つまずき分岐:机間指導で一人ひとりの様子を見て、対応を選ぶ
この型があると、新しい単元でも「何を準備すればいいか」で迷わなくなります。毎回ゼロから授業を考えるのは大変ですが、骨組みが決まっていれば、あとは中身を入れ替えるだけ。準備の負担がぐっと軽くなり、その分、子どもをよく見る余裕が生まれます。
大事なのは、この型を「完璧にこなすこと」を目標にしないことです。5つのステップ全部がうまくいく日もあれば、ゆさぶり発問が空振りする日もあります。それでいいのです。型はあくまで、迷ったときに立ち返る地図のようなもの。慣れてくれば、自分の学級の子どもたちに合わせて、少しずつアレンジできるようになります。まずは型に沿って授業を組み立ててみて、うまくいったところ、いかなかったところを振り返る。その積み重ねが、あなただけの授業スタイルを作っていきます。
教員採用試験の模擬授業にも直結する
この設計の型は、じつは教員採用試験の模擬授業対策にもそのまま使えます。教採を目指している方にとっては、一石二鳥の視点になるはずです。
模擬授業は短い時間で行われることが多く、そのなかで「授業を組み立てる力」を見られます。「めあて→ゆさぶり発問→まとめ」という骨組みは、短時間の模擬授業でも再現しやすく、評価者に「この人は授業を設計できる」という印象を与えます。数直線のような通底ツールを板書計画に組み込んでおくと、板書のポイントも明確になります。日々の授業づくりで培ったこの型が、そのまま試験の武器になる。着任前の準備段階からこの視点を持っておくと有利です。教採後の流れは教員採用試験に受かったらやることにもまとめています。
まとめ|算数は「教える」より「引っかからせる」
算数の授業でいちばん大切なのは、うまい説明ではありません。うまい違和感の仕掛け方です。子どもが自分で「あれ?なんでだろう?」と思った瞬間から、本当の理解が始まります。教師の役割は、答えをなめらかに教えることではなく、子どもが引っかかる場所を用意して、そこで一緒に立ち止まることなのだと、私は考えるようになりました。
ゆさぶり発問で「あれ?」を起こし、通底する図で思考を支え、つまずき分岐で一人ひとりに寄り添う。この3つの型は、特別な指導技術ではありません。非教育学部出身の私でも、少しずつ身につけられたものです。算数が苦手だと感じている先生も、どうか気負わずに、まずは一つの単元で試してみてください。子どもの「あれ?」という声が聞こえてきたら、それは授業がうまく回り始めた合図です。
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