教員になって最初の4月、私は気合を入れて「学級経営案」を作りました。どんなクラスにしたいか、そのために何をするか。何枚もの紙にびっしり書き込んで、我ながら立派な計画だと満足していました。ところが5月の連休が明けたころ、ふと気づいたのです。あの計画、机の奥で眠ったまま、一度も見返していない、と。
計画を立てること自体は得意でした。事務職として十数年働くなかで、企画書や計画書は何十本も作ってきましたから。でも、教室という現場では、その計画がまるで機能しなかった。なぜだろうと考えて行き着いたのが、民間でさんざん聞かされてきた「PDCAを回す」という言葉でした。この記事では、PDCAサイクルを、忙しい教員でも実際に回せる形に落とし込む方法をお伝えします。これはシリーズの第1弾で、今回はまず全体像となる考え方から始めます。
「PDCAなんて、民間の言葉でしょう」と感じる方もいるかもしれません。たしかに、そのまま教室に持ち込んでもうまくいきません。会社の業務と学級経営では、扱う相手も時間の流れもまるで違うからです。でも、その違いを踏まえて教室用に翻訳すれば、これほど心強い道具はありません。異業種の考え方を教育現場に持ち込むと、これまで見えなかった景色が見えてくる。それは、私自身がこの3年で何度も実感してきたことです。
PDCAが教室で回らない理由|「P」に時間をかけすぎる
PDCAとは、Plan(計画)・Do(実行)・Check(振り返り)・Action(改善)の頭文字をとった、業務改善の基本的な考え方です。計画して、実行して、振り返って、改善する。この4つをぐるぐる回すことで、仕事の質を少しずつ高めていく——というものです。
ただ、民間でもよく知られた失敗があります。それは「P(計画)に時間をかけすぎて、C(振り返り)がおろそかになる」というパターンです。立派な計画書を作ることが目的化してしまい、実際に回すエネルギーが残らない。私が4月にやってしまったのも、まさにこれでした。
事務職時代にも、分厚い計画書を時間をかけて作ったのに、いざ動き出すと状況が変わってしまい、その計画書がほとんど使われなかった、という経験が何度もありました。逆に、うまく回っているチームほど、計画はシンプルで、そのぶん「実際どうだったか」を確認する時間を大事にしていました。計画に凝ることと、成果が出ることは、必ずしも比例しない。この教訓は、教室に来てからも痛いほど当てはまりました。
教室では、この傾向がさらに強まります。日々、目の前の子どもへの対応で手一杯になり、じっくり振り返る時間などなかなか取れません。すると、4つの中でいちばん最初に消えるのがC(振り返り)なのです。でも、PDCAの生命線は、実はこのCにあります。振り返らなければ、計画が合っていたのかどうかも分からず、改善のしようがありません。

PDCAで大事なのは、立派な計画(P)より、続く振り返り(C)。ここをどう仕組みにするかが、すべてでした。
だからこの記事では、「どう計画を立てるか」より「どう振り返りを続けるか」に重心を置いてお話しします。ここからは、P・D・C・Aのそれぞれを、教室で無理なく回すコツを見ていきます。
P(計画)は「大まかな仮説」でいい
まず、計画に対する力の入れ方を変えました。以前は「完璧な学級経営案」を作ろうとしていましたが、今は「大まかな仮説」でいいと割り切っています。
4月の計画は「正解」ではなく「仮説」
4月の時点では、目の前の子どもたちのことをまだよく知りません。その状態で立てる計画が、そのまま当たるはずがないのです。だから、4月の計画は「正解」ではなく「仮説」だと考えます。「今はこう見立てているけれど、実際に子どもと過ごしてみて、5月に見直す」——この前提を最初から持っておくと、計画が崩れても慌てずにすみます。
民間でも、市場の状況が読めない新規事業ほど、最初から完璧な計画は立てません。「まず仮説を立てて、動きながら修正する」のが鉄則です。学級経営も、これとまったく同じでした。
計画に入れておく最低限の3点
とはいえ、何もないのも困ります。私が最低限、計画に入れておくのは次の3点だけです。
- 目指す学級の姿:「困ったときに助けを求められるクラス」など、ひとことで言えるゴール
- 崩れやすいポイントの予測:前年度の経験や引き継ぎ情報から、「ここは荒れそう」という見立て
- いつ振り返るか:「5月の連休明けに一度見直す」など、振り返りの日付を先に決めておく
特に大切なのが3つ目です。振り返る日を先に決めておくと、Cが自動的にスケジュールに組み込まれます。この一手間が、後で効いてきます。着任前の引き継ぎや準備については、教員採用試験に受かったらやることもあわせてご覧ください。
D(実行)は「小さく試す」でいい
計画ができたら、次は実行です。ここでも力みは禁物でした。「計画通りに完璧にやろう」と気負うと、うまくいかなかったときに落ち込みすぎてしまうからです。
そもそも、計画通りにいかないのが当たり前です。相手は生きた子どもたちで、こちらの想定通りには動きません。だから、実行は「小さく試して、様子を見る」くらいの気持ちがちょうどいい。たとえば新しい当番の仕組みを入れるなら、いきなり全部を変えず、まず1週間だけ試してみる。うまくいけば続け、いかなければやめる。最初から100点の学級経営を目指さないことが、かえって長続きのコツです。
「小さく試す」なら、失敗しても傷は浅くてすみます。大きく賭けて大きく外すより、小さく試して小さく直すほうが、結果的に速く前に進めるのです。
もう一つ、実行の段階で意識したいのは「試していることを子どもにも伝える」ことです。「今週から掃除のやり方を少し変えてみます。うまくいくか、一緒に見ていこうね」と一言添えるだけで、子どもも当事者として協力してくれます。教師が一方的に決めて押しつけるのではなく、「一緒に試している」という空気を作る。すると、仮にうまくいかなくても、「じゃあ次はどうしようか」と子どもと一緒に考えられます。実行そのものが、子どもと学級を育てる時間になるのです。
C(振り返り)を「仕組み」として日課に埋め込む
ここが、この記事でいちばんお伝えしたいところです。振り返りは、意志の力で続けようとすると必ず挫折します。「時間ができたら振り返ろう」と思っているうちは、その時間は永遠に来ません。だから、振り返りを「仕組み」として日課に埋め込んでしまいます。
既存の日課に振り返りを乗せる
新しく「振り返りの時間」を作ろうとすると、それ自体が負担になって続きません。そこで、すでにある日課に相乗りさせます。
たとえば、学級通信を書くタイミング。1週間の出来事を思い返して通信を書くとき、そのついでに「今週の学級経営はどうだったか」を振り返る。これなら新しい時間を作らずにすみます。学級通信の続け方は学級通信の書き方・続け方にまとめています。ほかにも、週の打ち合わせや会議の前後を「振り返りタイム」と決めておくのも有効です。既存の予定に紐づけることで、振り返りが自然と習慣になります。
振り返る項目は3つに絞る
振り返りを続けるもう一つのコツは、項目を欲張らないことです。あれもこれも振り返ろうとすると、それだけで疲れて続きません。私は次の3つだけに絞っています。
- うまくいったこと1つ
- うまくいかなかったこと1つ
- 来週試すこと1つ
たった3つですが、これで十分です。むしろ、この3つを毎週続けられることのほうが、たくさんの項目を一度だけ振り返るよりずっと価値があります。振り返りは、深さより継続です。
具体的にイメージしてみましょう。たとえばある週の振り返りが、「うまくいったこと=朝の会で子ども同士が褒め合う時間が盛り上がった」「うまくいかなかったこと=掃除の時間にいつも数人が遊んでしまう」「来週試すこと=掃除の分担表を子どもと一緒に作り直す」だったとします。これだけで、次の一手がはっきり見えてきます。大げさな分析はいりません。この3行を毎週書きためていくと、数か月後には自分の学級経営の「軌跡」が残ります。あとで読み返すと、自分がどこで悩み、どう乗り越えてきたかが分かり、それ自体が大きな財産になります。
一人で振り返らない
振り返りは、必ずしも一人で紙に向かってやる必要はありません。学年主任や同僚に「今週こんなことがあって……」と3分だけ話す。これも立派なCです。人に話すと、自分では気づかなかった視点をもらえたり、頭の中が整理されたりします。
むしろ、経験の浅いうちは、一人で抱え込むより誰かに話すほうが学びが多いものです。同僚や先輩との関わり方については、同僚・先輩とのつき合い方も参考にしてみてください。気軽な「壁打ち」を振り返りの仕組みに組み込めると、続けやすさがぐっと増します。
A(改善)は「大きく変えない」が鉄則
振り返りで課題が見えたら、いよいよ改善です。ここでの鉄則は、「一度に大きく変えない」こと。改善点がいくつも見つかると、つい全部を変えたくなりますが、これは危険です。
教室のルールややり方を一度にたくさん変えると、子どもが混乱します。「先週はこうだったのに、今週はまた違う」となると、子どもは何を信じていいか分からなくなり、かえって学級が不安定になります。だから、「来週変えるのはこれ1つ」と絞ります。
小さな改善を1つずつ積み重ねるほうが、結果的に学級は安定して育っていきます。急がば回れ。1週間に1つの改善でも、1学期続ければ十数個の改善になります。この積み重ねが、気づけば大きな違いを生むのです。
それに、1つに絞ることには別のメリットもあります。変えたことが1つだけなら、「その変更が良かったのかどうか」がはっきり分かるのです。一度に3つも4つも変えてしまうと、仮に学級が良くなっても悪くなっても、どの変更が効いたのかが分かりません。1つずつ変えるからこそ、次のCで「あの改善は正解だった」「これは逆効果だった」と正しく判断できます。これも、民間の業務改善でよく言われる原則で、原因と結果を見極めるには、変える要素は少ないほどいいのです。
PDCAを回すと、心が軽くなる
PDCAを回すようになって、いちばん変わったのは、実は自分の心のありようでした。
以前の私は、計画通りにいかないたびに「自分はダメな教師だ」と落ち込んでいました。でも、PDCAという枠組みを持つと、「計画通りにいかない」ことが、失敗ではなく「想定内の出来事」になります。うまくいかないのは当たり前で、そこから振り返って直していけばいい。そう思えるようになると、日々の小さなつまずきに、いちいち打ちのめされなくなりました。
これは、子どもに求めている姿勢と同じでもあります。私たちは子どもに「うまくいかなくても、振り返って次に活かそう」と教えます。その振り返りの姿勢を、教師自身が自分の指導に対して持つ。自分の行動を一歩引いて見つめ直すこの姿勢は、メタ認知を育てる声かけで子どもに促しているものと、根っこは同じです。PDCAは、教師自身のメタ認知を鍛える道具でもあるのです。
まとめ|PDCAは「軌道修正するため」の道具
PDCAは、「計画通りにいくため」の道具ではありません。むしろ「計画通りにいかないことを前提に、軌道修正し続けるため」の道具です。だからこそ、完璧な計画(P)より、続けられる振り返り(C)が大切になります。
計画は大まかな仮説でいい。実行は小さく試す。振り返りは日課に埋め込み、3つに絞って続ける。改善は一度に1つだけ。この回し方なら、忙しい毎日のなかでも、無理なくサイクルを回せます。4月の計画を机の奥で眠らせていた私でも、続けられるようになりました。
このシリーズでは、今回の総論を土台に、今後は週単位の振り返り、1つの授業の磨き方、学期末の振り返りなど、より具体的な場面へのPDCAの応用を扱っていく予定です。まずは今週、「うまくいったこと・いかなかったこと・来週試すこと」を1つずつ、書き出すところから始めてみてください。
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